行方不明者も出ておらず、平穏な休日。
せっかくの休みを満喫しようといつもより少し遅く起きて、着替えを済ませ居間に下りる。
しかしいつもなら菜々子が一人でテレビを見ているそこで、目にした姿に思わず動きを止めた。

「おっ。はよー、来栖」

朝食できてるぞ。と平然という一条にまだ夢でも見ているのかと一瞬目を疑う。
今は休日の、まだ朝のはずで。前日泊まっていたわけでもない一条がここにいて、当然のように
エプロンを着けて菜々子と遊んでいるなんて普通なら考えられない。

「なん、で…」
「あっ、おはよう! お兄ちゃん」

何故ここにいるのか…そう聞きかけた言葉が、朝から元気な菜々子の声に遮られる。
ひとまずそれに笑顔で返した後、その様子をにこにこ見ていた一条に再び視線を戻した。

「いや、早く目が覚めたから軽く走ってたんだけどさ。そういえば来栖の家この辺りだなーと思ったら、つい」

菜々子ちゃんが、お前が起きるまで待ってればいいって言って上げてくれたんだよなー。
そう言って一条は軽く菜々子の頭を撫でる。対する菜々子も嬉しげにうん! と返していて。

確かに菜々子と一条は、以前花村に誘われて出掛けたときに面識がある。
菜々子のことだ、せっかく来たのに会えなかったら可哀相だと思ったのだろう。
少し人見知りの気のある菜々子が随分と懐いているのも、一条の人柄を考えればそう不自然な
事ではないと納得できるが、それにしても余りに突然すぎる訪問に思わず溜息を吐いた。

「つい…で普通こんな朝から連絡もなく来るか?」
「はは、考えるより先に体が動いてたんだって」

何時に来たのかわからないが、今の時間は9時前。
朝食を作り、菜々子と談笑するほどの時間があったと考えると、少なくとも8時頃には来ていたのだろう。
あまりに突拍子のない行動に思わず渋面になるが、一条はまるで気にする様子もなくけろっとしていて。

「あのね、康ちゃんが作ってくれたごはん、とってもおいしかったよ!」

何か言ってやろうと思ったが、それより先に発せられた菜々子の言葉にすっかり毒気を抜かれてしまった。

「…はぁ、もういい。それにしても、"コウちゃん"って呼び名は好きじゃないって言ってなかったか?」
「菜々子ちゃんなら良いかなーと思ってさ」


"お兄ちゃん"はお前の専売特許だろ?


楽しげにそう言われては何も返せない。事実、一条の言葉は自分でも意識していなかったことを
見事に言い当てていた。

「それでお兄ちゃんは朝メシ、食べるだろ?」

黙り込んだ俺を見て、喉を鳴らしながらそう問い掛ける一条の手にはいつの間にやらフライ返しが
握られている。

「…コーヒーもついでに頼むよ、"康ちゃん"」

皮肉を溶かした苦いコーヒーと、香ばしいトーストの香りと共に、少しだけ特別な休日が始まった。