「お兄ちゃん、電話だよ」


夕食を食べ終え、菜々子と一緒にクイズ番組を見ていた時のこと。
電話の呼出し音に立ち上がった菜々子を横目に見つつ、叔父さんかな…なんて考えていた俺は、
菜々子の言葉に思わず首を傾げた。

「俺に電話? 誰だろう…」

たいていの連絡は携帯に来るから、わざわざ堂島家の電話にかかって来ることは無いに等しい。
携帯に連絡が着かなかった、といえば話はまだわかるが、その携帯はしっかりポケットに入れてある。
当然ながら着信を知らせる表示は出ていない。

なら一体誰が…?

そんな疑問は、立ち上がった俺に受話器を手渡しながら発せられた菜々子の言葉で
瞬時に解決された。

「はい、康ちゃんからだよ」
「………え?」

予想外の言葉に動きを止めた俺に対し、ゆっくりお話していいからね、と菜々子が居間を出ていく。
テレビはまだ菜々子の好きなクイズ番組を流しているというのに、なんて気の利く小学一年生なんだろう。
改めて菜々子の細かな気配りに感心するが、今はそんなことを考えてる場合ではない。
菜々子の姿が消えるのを見送って、驚きの余韻を残したままそっと受話器に耳を当てた。

「もしもし、来栖〜?」

途端、聞こえてくる明るい声に一気に力が抜けるのを感じる。  
聞こえてる? なんて言う一条に深く溜息を吐き、受話器を持ち直した。


「聞こえてるよ。どうしたんだ?突然。しかも家の電話になんて」
「ちょっと明日のお誘い。せっかくだから菜々子ちゃんの声も聞こうかな〜と思ってさ」

相変わらずかわいいな、なんて言ってくる一条に再び溜息を吐く。気楽というか、なんというか。
まあ今更その事について何か言っても仕方ないので、その件はスルーするとして。

「それで、明日が何だって?」

まだ何か言っているのに構わず問えば、そうそう! とやけに楽しそうな声が受話器から響いた。

「来栖さ、明日ヒマ? 暇だったら家、来ない?」
「うちって…一条の下宿先か?」

突然の誘いに驚きながら問えば、肯定の言葉が返ってくる。
一条が実家を離れて一人暮ししていることは大分前から聞いていたが、そこに行ったことは無い。

「何でまた突然…」

そんな事を言い出したのか、と思わず零れた言葉に、受話器の向こうの一条は酷く楽しそうに答えた。

「一条の恩返し、そのニ」
「…は?」

思わず気の抜けた声が出る。菜々子にはちょっと見せたくない姿だ。
今更ながら、気を利かせて席を外してくれた菜々子に感謝した。

今度、何か甘いものでも作ってやろう。

そんな事を考えているとは露とも知らないだろう一条は、変わらず楽しげに説明を続ける。

「だから弁当の礼だって。出来立て手料理編!」
「…この前うちで朝食作ってただろ」

やけに楽しそうな一条に、思わずツッコミを入れる。つい先日の日曜日、俺が起きるより先に
家に来てそのまま一日過ごしたことは記憶に新しい。

というか、もう弁当の礼にこじつけて遊びたいだけじゃないのか?

浮かんだ考えに あ、それっぽい。と思わず自分で納得してしまった。

「なんだよ、ノリ悪いなー。俺の手料理、嫌?」
「別に嫌って事は…」

冷めた応対に機嫌を損ねたのか、拗ねたような声を出す一条に歯切れ悪く否定の言葉を返す。
一条の料理の腕は、もう十分に知っている。
しかし弁当の礼と言われても本当に時々だし、自分の分を少し分ける程度なのだ。
実家が裕福とはいえ、一人暮しの一条の生活費を削るのもいかがなものか。

「嫌じゃないなら、決まりな!それじゃ明日10時に駅前で!」
「ちょ、待っ…!!」

しかし気付いた頃には時遅し。用件だけ言って切られた電話に、暫く呆然と立ち尽くす。

「はぁ…強引過ぎだろう」

零れる声もつい力無いものになる。…けれど。

「仕方ない、お礼のお礼でも作っていくか」

心底呆れているはずなのに、どこか楽しげな声が出たことには気付かなかったことにして。
何か食材はなかったかと冷蔵庫に手をかけた。