「あ、探偵王子」 


放課後の予定を聞こうと、普段は用がなければ足を向けることのない2階の廊下を歩いていて。
来栖先輩のいる2組の手前、ちょうど1組の教室の前でかけられた声に、ちらりと視線を送った。

「貴方は…」

いつもなら気にせず通り過ぎるところだが、何度か見かけたことのある姿に足を止める。
もちろん、ただ見たことがあるだけなら、わざわざ止まったりしない。その人物を見かけていたのが、
いま会いに向かっている来栖先輩の隣だったから。
気付けば正面に立っていたその姿を自然と見上げていた。

「あ、オレ一条ね。来栖と同じバスケ部」
「初めまして…白鐘です」

何か用があるのかと疑問の色を浮かべていたのがわかったのか、一条というらしいその人は
明るく自己紹介してくる。

バスケ部。そうか、先輩と同じ部活なのか。

放課後、よく一緒にいる姿を見かけた理由にようやく納得する。先輩のクラスでは見かけたことが
無いから、どんな関係なのかと思ったこともあったのだけど。
とにかく礼儀に倣ってこちらも簡単に自己紹介し、軽く頭を下げる。そうして顔を上げたところで、
何故か面白いものを見るような視線とぶつかった。

「…何か?」

この歳で探偵をしているということもあり、何らかの興味を含んだ視線を送られることには慣れている。
けれど今送られているこれは、いつもとは少し違う気がして。本当に微かにだが、困惑の色がにじむ。

「いや、聞いてた通りだと思ってさ」
「何がですか?」
「白鐘はかわいいって」

そうして目の前の彼から飛び出した言葉に、思わず言葉を失った。

「…誰が、そんな事を」
「ん? 来栖」

最近知り合った仲間等からは時折言われることもあったが、到底慣れるはずもない言葉に
必死に動揺を抑えて情報元を問う。そうしてあっさりと返ってきた返答に、また言葉を失って。
ああもう、あの人は…!  今この場にはいない先輩を思って、頭を抱えたい気持ちを必死に耐えた。

大体この人も、あの短い自己紹介のどこにそんな感想を持ったというのか。
 
得意なはずの推理も全く出来ずに僅かに眉を寄せて沈黙を貫けば、笑顔で様子を伺って
いたらしい彼から笑いが零れた。

「ははっ、理解できないって感じ?」
「そんな風に言われる理由がわかりません」

自分には全く心当たりが無いというのに、すっかり理解しているような様子に、ついそっけない
言葉が出る。
言ってから、自分が人に対してそっけないのはいつもの事であるものの、余りに子供っぽい理由に
少しばつの悪い気分になった。

「ほら、そういうとこ」
「はい……?」

謝るのもなんだかおかしい気がするし、と悩むそこへ不意にかかった声に思わず
気の抜けたような声が出る。
少し恥ずかしいが、それよりも今の発言の方が気になって。
どういうことですか、と問えば相変わらず笑顔は崩さないまま軽快な調子で口を開かれた。

「今、ちょっと後悔してたろ。あとは名前言ったときとか、少し緊張してた」

そういう見落としそうなとこで気を遣ってるのが、白鐘のかわいいところだって。

「それを、来栖先輩が…?」
「実際会ったオレの感想も含みな」

あっさりと言われた言葉に、今度こそ何と言っていいかわからなくなった。
緊張、なんて。たしかに見知った顔とはいえ初対面の男の先輩に戸惑いはしたけれど、
それは本当に少しだけで。
自分でもほとんど意識していなかったそれを指摘されるなんて、思ってもみなかった。

「…そんなこと、初めて言われました」 

ぽつりとようやく一言もらす。
途端、馴染んだ帽子の上に軽く手を乗せられて。  

「探偵王子、また一つ謎を解決! なんてな」
「…おかしな人ですね」

初めて笑いながら言った言葉に、来栖ほどじゃないよ、なんて冗談めかして返されて。
タイミングよく現れた先輩に、小さく二人で吹き出した。